プロジェクトメンバー
- 福島県 塙町役場
総務課 企画情報係 係長
薄井和憲氏 - 菱洋エレクトロ株式会社
半導体・デバイス事業本部 半導体デバイス第6ビジネスユニット セムテックグループ グループリーダー
出野恵子 - 菱洋エレクトロ株式会社
ソリューション事業本部 ソリューション第4ビジネスユニット 営業第2グループ
菊地信晃
ワクチンの温度管理はIoTがカギ
現在のビジネスシーンにおいては、さまざまなテクノロジーやソリューションが関わっている。そのなかでも多くのシーンで活躍する技術の一つがIoT(万物のインターネット。あらゆる機器がインターネットにつながって情報をやり取りできる技術や状態を指す)だ。日本政府では、現実世界とサイバー空間を一体のものと捉えて、高度に融合させることによって経済の発展と社会課題の解決を両立させようとしている。
つまり、私たちの日常の生活空間のなかにIoTデバイスが入り込み、それによって多種多様なデータを生み出し、そのデータによってビジネスも生活も、そして社会全体にイノベーションをもたらそうというのだ。
kiwiは、そうしたIoTデバイスを提供する台湾企業。IoT向けの低消費電力・長距離無線技術「LoRaWAN®」に対応した、温度や湿度、CO2濃度などの各種センサーデバイスを製品に活用しており、菱洋エレクトロはそのすべてを取り扱っている。数多くあるkiwi製品の一つに、新型コロナウイルスワクチン向けの温度管理ソリューションがある。
このソリューションは、マイナス80度まで対応した温度管理センサーの本体部分を保管用冷凍庫の外側に設置し、測定用プローブ(センサー部分)だけを開閉部にあるゴムパッキンの隙間から冷凍庫内部に挿入して温度を測定するというもの。データは、センサー本体からLoRaWAN®無線通信経由でクラウド上のデータサーバーに保管し、専用ウェブサイトからスマートフォンやタブレット、PCなどでリアルタイムに状態を確認できる。
福島県塙町では、このソリューションを採用し、コロナワクチン接種に関わる担当者の業務負荷軽減に成功している。同町総務課企画情報係の薄井氏が、導入までの経緯を話してくれた。
IoT導入「最初はピンと来なかった」
そもそも、塙町がコロナワクチン接種の実施に向けて準備を進めるなかで、ワクチン担当者から薄井氏に最初に相談があったのは、ワクチン保管用冷凍庫の設置場所についてのことだ。
「ワクチンの冷凍庫を置くのは鍵が閉まって電気が安定しているところ。それはどこだということで、サーバー室に置こうじゃないかという話になりました」(薄井氏)
コロナワクチンの保管には、マイナス60度からマイナス80度まで冷却する必要がある。そのため専用の冷凍庫が必須であり、また冷凍庫も電源が安定した環境に設置する必要がある。そこで白羽の矢が立てられたのが、薄井氏が所属する総務課企画情報係が管理するサーバー室だ。
塙町役場のサーバー室は、コンピューターの安定稼働のために電源を強化しており、部屋自体も災害対策のために補強し、出入口も施錠できるようになっている。ワクチンの保管にはうってつけだ。
ワクチン担当者からは、冷凍庫の温度を24時間監視するシステムの導入についても相談があった。ワクチンは常温に戻したら6時間以内に接種する必要があり、それを過ぎたら再冷凍はできないため、破棄することになる。ワクチン接種の計画的な実施には、温度監視が不可欠なのである。
当初は、担当者が目視で確認することを想定していた。しかし、サーバー室は別庁舎の2階にあり、1日に数回ともなると手間も時間もかかる。冷凍庫の内部に設置した温度計のチェックのたびに冷凍庫を開けると、温度上昇によってワクチンの品質に悪影響が出かねない。
ワクチンの管理を担当する健康福祉課では当初、PC接続が可能なワイヤレスタイプの温度計測器や、停電時に反応するタイプのブザーなどの導入を考えていた。導入にあたって大きなコストや手間がかからず、また実際に運用するワクチン担当者も新たに学習する必要もないからだ。だが、最終的にはそのどちらでもなく、kiwiのワクチン向け温度管理ソリューションを選ぶこととなった。
「たまたま、菱洋エレクトロの菊地さんと出野さんに別件で訪問いただきまして、そこで温度センサーをご紹介いただいた。そのときはピンと来ていませんでしたが、後から使えるんじゃないかと気がついて、健康福祉課と協議してすぐに連絡しました」(薄井氏)
そこからトントン拍子で話は進み、わずか1カ月足らずで塙町にワクチン用温度センサーの導入が決まった。
kiwiは世界中でワクチン管理のトラブルが起きることを予測していた
全国の自治体で進められている新型コロナウイルスワクチンの接種だが、そのワクチンの保管を巡ってたびたびトラブルが起きている。保管用の冷凍庫の電源が切れていたり、温度設定を誤っていたりなど、マイナス60度以下という超低温での保管が必要なためだ。
kiwiでは、もともと食品の品質管理のための温度センサーとソリューションを取り扱っていた。食品の衛生管理に関する国際標準であるHACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point:ハサップ。製品の安全性を確保するための衛生管理手法)という手法があり、国内でも2021年6月から一定規模以上の食品の製造や流通に関わる事業者は導入が義務づけられている。
さらにkiwiでは、世界中でワクチン接種が始まることが明らかになると、それを見越してあらかじめワクチン管理に適したセンサーとソリューションが必要になることを予測し、食品向けソリューションを改良してマイナス80度という超低温に対応することで、コロナワクチン向けソリューションを開発したのだ。
菱洋エレクトロでkiwi製品を担当する出野が塙町を訪れ、薄井氏にワクチン向け温度管理ソリューションを紹介したのは、ちょうどその製品を日本にも展開しようというタイミングだった。
「ワクチンが生産されて、世界中に輸送されるのがわかった段階で、kiwiは輸送や保管で問題が起きるだろうと予想して早々に遠隔温度監視向け製品を開発していました。塙町へお伺いした際、ちょうど日本へ製品展開を始めるタイミングだったので、最新情報をご紹介できました」(出野)
そもそも塙町と菱洋エレクトロとの関係は、3~4年前までさかのぼる。当時、薄井氏は町役場庁舎と周辺施設との通信網の構築を検討しており、当時菱洋エレクトロが取り扱っていた無線通信製品について問い合わせたことがきっかけだった。それ以来、菊地はたびたび塙町を訪れ、薄井氏に新製品を提案してきた。
「ある製品について問い合わせたことが、菊地さんとお話しをするきっかけになった。それ以来、仕事の雑談のなかで話をしているときに、いろいろ興味深いものを教えていただいて、じゃあやってみようかと、導入を決めたものも多いですね」(薄井氏)
「折々のタイミングで塙町にお邪魔させていただいて、新しい製品や薄井さんが興味を持ちそうなものがあったら、ご紹介させていただいておりました」(菊地)
薄井氏は、出野からkiwiのワクチン向け温度管理ソリューションの紹介を受けると、1カ月も経たずに導入を決めた。それには、ワクチン接種担当者の業務負担が軽減できることや、保管用冷凍庫を開ける必要がないためワクチンの品質への影響が少ないことなどのメリットがあったからだ。
だが、そこにはもうひとつ、塙町ならではの理由もあった。それがLoRaWAN®のインフラがあらかじめ整備されていたことだ。実は、サーバー室は補強や電磁波シールドなどのため、携帯端末や外部に設置した無線LANの電波が届かない。だが、LoRaWAN®は最大で10キロほども届くため、サーバー室であっても問題なく電波が届いたのだ。つまり、他のワイヤレス接続のシステムでは、そもそもリモートでの温度監視システムを構築することが難しいというわけだ。
別の目的で導入済みだったLoRaWAN®をワクチン管理にも
もともと塙町がLoRaWAN®を導入したのは、別の目的があった。
「LoRaWAN®のゲートウェイ(基地局)は、他の目的で導入していました。逆に言えば、LoRaWAN®が既にあったから導入を決めている。もともと水道メーターの検針を自動化できないかと言うことで、その実証実験のためにkiwiのLoRaWAN®のゲートウェイとアドオン型水道メーターを入れていました。せっかく導入したインフラなので、何か他に使えないかなというのは常に考えていて、それと上手いことかみ合って、これしかないと考えて(kiwiのワクチン向け温度管理ソリューションの導入を)決めました」(薄井氏)
塙町も他の地方と同様に、高齢化と人手不足という課題を抱えている。また、町内の高低差が大きいため、検針業務は担当者に取って大きな負担となっており、将来の人材不足も目に見えていた。そこで、ITの仕組みを取り入れて職員の負担を減らすような仕組みを検討するなかで、LoRaWAN®につながるIoTデバイスによる水道メーターの自動検針の実証に取り組みを始めたのだ。
また、これ以外にも薄井氏が所属する総務課企画情報係では、町内の集会施設に無料の無線LANを設置したり、道路の積雪を監視するためのカメラを設置したりするなど、町と住民の日常生活を足下からIT化していく取り組みを実践してきた。コロナワクチンの温度管理ソリューションについて素早い決断と導入が実現した背景には、こうした薄井氏たち総務課企画情報係と塙町のこれまでの取り組みがあってこそだったというわけだ。
薄井氏は、水道メーターの検針自動化を実証するためにLoRaWAN®を導入し、LoRaWAN®があったからこそ新型コロナウイルスワクチンの温度管理ソリューションを素早く導入できた。この他にも、高齢者の見守りや、河川の水位のほか、町内の農家や食品関連事業者にLoRaWAN®ゲートウェイを開放して、使ってもらうというアイデアも出ているという。また、菱洋エレクトロ側からもいろいろと提案している。
「kiwiの温度湿度センサーは、北米のもやし栽培工場も採用していて、そちらにまとめて数百台を納入した実績もあります。巨大な工場なので、Wi-Fiなどの無線LANだと届かないですが、LoRaWAN®なら届きます。塙町のキノコの栽培でも活用いただけるでしょう。こちらではお花も栽培しているので、ハウスの温度管理にも活用いただけるはずです」(出野)
「キノコの栽培は温度管理がシビアですが、提案いただいたソリューションなら使えるかもしれない。LoRaWAN®を活用して、課題解決のきっかけができるとしたら、迷うくらいならやっちゃおう、という勢いで進められればと思っています」(薄井氏)
ボトムアップのIT化、DX推進のヒントに
農業などの第一次産業のIT化、デジタル化は、日本でも大きな課題として国からも研究開発に大きな予算が投じられている。さらには、新たに発足するデジタル庁をはじめとして、ビジネスや国民の生活だけでなく、行政や公共的な場面などのあらゆる取り組みのデジタル化が国を挙げて進められている。
もちろん、そうしたトップダウンからのデジタル化が必要な一方で、地域毎のボトムアップでのデジタル化でなければできないこともあるという。
「国の方針もわかりますけど、自治体ごとに規模も事情も違ってくるので、そこに合ったやり方があると思います」(薄井氏)
「住民票をスマホから取れたら便利ですが、でも住民票なんて年に何回も取るものではないですよね。地域によって事情は違うと思うので、そこにあったやり方が必ず存在すると思います」(薄井氏)
薄井氏自身も塙町の総務課企画情報係に長く携わってきたことで、町内だけでなく他の自治体からも質問されることが多くなってきたという。その一方で、年を経ることで知らないことも増えてきたため、周囲の人や自治体とも情報共有しながら新たな活用を見いだしていけたら良いとも考えている。
kiwiのIoTソリューションは、デバイスの設定からゲートウェイの設置、さらにクラウドの利用まで、事業者に依頼しなくても簡単に導入できるものが多い。だからこそ、地域が連帯し、自分たちで試行錯誤しながら、ボトムアップでのデジタルトランスフォーメーションを進めていく人達の強い味方になるだろう。
※LoRaWAN®は、LoRa Alliance®のライセンス商標です。