海事ビッグデータを分析する人材と計算資源の不足が課題
東京海洋大学は、ともに120年以上の歴史を持つ東京商船大学と東京水産大学という2つの国立大学が2003年に統合して誕生した日本唯一の海洋系大学であり、「海を知り、海を守り、海を利用する」を行動指針として、教育・研究を行っている。同大学は、品川と越中島にキャンパスがあり、品川キャンパスには海洋生命科学部と海洋資源環境学部が、越中島キャンパスには海洋工学部が置かれている。
同大学は、2010年より先端ナビゲートシステムと呼ばれる東京湾の海事データを一手に収集して蓄積・解析するシステムを稼働させており、東京湾を運航する船舶の航行データやレーダ映像、気象庁から入手した風や波の状況など、10年以上にわたってデータを蓄積している。そのデータ量は数十TBにものぼり、国内トップレベルの海事ビッグデータであると庄司るり副学長は語る。「これだけのデータが蓄積されているのは海上保安庁さんと本学しかないですね。」このビッグデータを分析するには、高度なAI 技術が必要になる。AIを活用して、東京湾の海事データを分析することで、1日1200隻もの船舶が運航する東京湾におけるより安全かつ効率のよい船舶の運航を実現できる。しかし、同大学にはこれまでAIを専攻する学科がなく、そうしたビッグデータを分析する人材が不足していた。そこで、海洋、海事、水産の専門知識とフィールドに関する豊富な経験を元に的確にAIを使い、その社会実装を主導する専門技術者である「海洋産業AIプロフェッショナル」を育成するための「海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラム」を立案し、2019年に文部科学省の「卓越大学院プログラム」に採択された。卓越大学院プログラムは2018年に、文部科学省が公募を開始したプログラムであり、5年一貫で卓越した博士人材を育成するというものだ。海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラムの始動にあたって課題となったのが、AI 教育、AI 研究のためのコンピューティングリソースが足りないということだ。
「DGX-1」3台と「DGX Station」1台、NVIDIA GPU搭載WS 20台を導入
東京海洋大学が立案した「海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラム」は、2019年に採択され、翌2020年4月より学生の受け入れを開始することになったが、同大学にはAIを専門的に学び、ビッグデータの分析を行うためのコンピューティングリソースが足りないという課題を抱えていた。
海洋工学部長の井関俊夫教授は、同大学の課題について次のように語った。「時々刻々、膨大な量のデータが蓄積されていますので、庄司先生の研究室で卒論修論、博士論文を含めて、企業との共同研究で解析を進められています。しかし近年、機械学習、AIといった計算機を使った新しい手法が提案されており、そちらのほうの適応、研究を強化するには、本学にもAI のための計算機が必要だと判断しました。」
そこで同大学は、2019年11月1日に海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラムでのAI 教育および研究のための施設として、越中島キャンパス内に「海洋AI 開発評価センター(MAIDEC)」を設置し、NVIDIAのAI サーバー「NVIDIA DGX-1」を3台と「NVIDIA DGX Station」1台、NVIDIAのGPU「Quadro P2200」を搭載したワークステーションを20台導入した。このシステムの導入を主導したのが、海洋工学部海事システム工学科の古谷雅理准教授である。古谷准教授は、船舶の運航支援に関する研究に以前からNVIDIAのAIシングルボードコンピュータ「NVIDIA Jetson」シリーズを活用しており、NVIDIA GPUに対する高い信頼があったという。
「もともとJetsonを画像処理用に使っていたんです。機械学習も始めているところだったんですが、そのときに推論に関してはシングルボードコンピュータでやれるほうがよいだろうということと、学習に関しては大型計算機がいいだろう、そう考えたときに連携性をとるとするとNVIDIAがベストだろうと。もう一つは機械学習の環境というのは、PythonとCUDAに関する情報がたくさん出ているんですね。それを卓越大学院で学習すれば、学生は卒業した後でもそれらを使っていろんな演習や研究も続けられるというメリットがある。そうしたことからNVIDIAの製品で揃えることにしました。」(古谷氏)
このシステムの導入を担当したのが、NVIDIAの一次代理店であり、Jetsonの納入などで以前から同大学との付き合いがあった菱洋エレクトロとNVIDIA DGXシステムの国内パートナーとしてNo.1の実績があるジーデップ・アドバンスである。菱洋エレクトロとジーデップ・アドバンスは、同大学からの相談を受け、両社で最適なシステムの提案を行い、ジーデップ・アドバンスが設置やシステム設定などを行うという形で導入が行われた。両社とも、古谷准教授をはじめ、大学関係者からの信頼が厚く、納期やサポート体制などについても満足しているとのことだ。同大学は、2020年11月1日に、国立研究開発法人海洋研究開発機構やデンマーク工科大学などの機関と連携し、「東京海洋大学海洋AIコンソーシアム」を設立。MAIDECがその拠点となる。東京海洋大学海洋AIコンソーシアムは、海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラムと連携し、「海洋分野におけるAI の社会実装化」を目指すことになる。
学生への高い教育効果と研究活動の加速を実現
東京海洋大学は、海洋産業AIプロフェッショナルを育成するためのプログラム「海洋産業AIプロフェッショナル育成卓越大学院プログラム」を2020 年4 月から始動しているが、その学生へのAI 教育や教員のAI 研究のために、2019 年11 月1 日に越中島キャンパス内に「海洋AI 開発評価センター(MAIDEC)」を設置し、NVIDIA のAI サーバー「NVIDIA DGX-1」を3 台と「NVIDIA DGX Station」1 台、NVIDIA のGPU「Quadro P2200」を搭載したワークステーション20 台を導入した。現在、同プログラムの1 期生がワークステーションを利用してAIを学んでいる最中だが、学生たちは、非常に恵まれた環境でAIの学習を行うことができ、習得も早いという。
「すでに多くの学生がワークステーションを自身の研究課題の解決に活用を開始しています。また、DGX-1については、ネットワーク環境を整備し、教員・研究者が各自の研究室や自宅からリモートでGPUリソースにアクセスできるようになっているため、COVID-19により一時大学構内への入構が制限されましたが、研究活動をストップさせることなく、むしろ加速させることに注力しています。」(古谷氏)
DGX-1 およびワークステーションの性能や信頼性には満足しているが、NVIDIA の製品には、さらなる性能向上を期待していると古谷准教授は語る。「NVIDIA の提供する製品は日進月歩で発展しています。AI 開発インフラは、『最新であること』が非常に重要なので、研究開発環境の増強や入れ替えの際には、是非新しい製品をご提案いただきたい。」今後は、DGX-1を活用して、同大学が持つ海事ビッグデータの分析にも取り組む予定であり、その成果に期待したい。
(左から)東京海洋大学 海洋工学部海事システム工学科 博士 古谷 雅理 氏/副学長 庄司 るり 氏/海洋工学部長 井関 俊夫 氏