高解像度化が進むセキュリティ市場、予想外に多かった多画面化ニーズ
EIZOではDuraVisionシリーズの中で、商業施設などで複数の監視カメラを制御し、それらの映像を同時に表示するセキュリティ向けソリューションとしてネットワーク対応型IPデコーディングソリューションを提供している。同社の岡野氏は「当社はかつて映像表示用ディスプレイの開発・製造に特化した会社でしたが、現在では映像を撮影するカメラ、撮影データを圧縮するエンコーダ、伝送先で復号するデコーダ、それを表示するディスプレイまで『映像に関してトータルソリューションを提案する』会社です」と説明する。
DuraVisionシリーズのIPデコーディングボックス「DX0211-IP」
IPソリューションの最新機種は、ボックス型で外部ディスプレイに接続して利用するタイプの「DX0211-IP」と、27型ディスプレイと一体型になった「FDF2711W-IP」の2機種だ。特徴は、最大で4K(3840×2160)の高解像度な映像信号を入力可能なほか、最大48台の監視カメラを登録して最大32台分の映像をひとつの画面に同時表示できる。
旧製品では、4Kの入力映像には対応しておらず最大でフルHDのみ、また同時表示も16画面までとなっていた。だが、セキュリティ分野においても映像圧縮技術やセンサーデバイスの進化によって監視映像は高解像度化し、ネットワーク技術の普及によって、多くの監視カメラ映像をネットワーク経由で同時に表示するニーズが高くなってきているという。こうした監視カメラの技術トレンドについて、EIZOの臣氏は「当社がセキュリティ市場に参入した当初は、小規模店舗向けの数台のカメラを利用するソリューションを考えていましたが、多くのお客様とお話ししていくなかで100台や200台のカメラを利用する大規模システムのニーズが見えてきました」と、従来とは異なるニーズが新たなDuraVision製品の開発につながったと話す。
もうひとつの特徴が、小型かつファンレスであるため、低消費電力で運用できるところだ(消費電力はボックス型のDX0211-IPが最大25.5W、ディスプレイ一体型のFDF2711W-IPが59W)。従来、こうした多数のカメラかつ高解像度の映像を長時間連続して扱う監視ソリューションでは、高性能PCであるワークステーションを利用することが一般的だった。なぜなら、高解像度の圧縮映像を解凍したり表示したりするための信号処理には、高い計算処理能力すなわち高性能なCPUやGPUが必要となるため、ワークステーションが性能面でも開発のしやすさという面でも適していたためだ。
だが、PCであるがゆえにほこりに弱く、屋外や駅のホームなどの半屋外で利用しにくいという課題もあった。そこでDuraVisionでは、防塵対策としてファンレスを目指した。しかし、一般的に高性能化すると発熱量も増え、排熱にファンが必要になる。つまり高性能であることとファンレス化は相反するのだ。これらを両立するIPソリューションの開発も一筋縄ではいかなかったという。
性能と互換性の高さでデバイス選定は一択
NVIDIA Jetson TX2
新たなIPソリューションを開発するにあたって、EIZOでは、
1)高解像度かつ多数の映像を扱えること
2)厳しい環境でも利用できる高い耐久性
といった目標を掲げた。その実現のため、コアとなるデバイスの選定において、様々な製品を検討した結果、「Jetson TX2」が選ばれることとなった。
Jetson TX2を選んだ理由は「高解像度の映像を複数処理でき、なおかつファンレスを実現可能という性能面だけでなく、開発環境の使いやすさなどで、ほぼJetson TX2一択でした」(臣氏)。
しかし、開発に着手した当初、まだJetson TX2はリリース前で、EIZOでは従来モデルにあたるNVIDIA® Jetson™ TX1を使って性能評価を行っていた。ところが、TX1ではEIZOが目的とした性能を実現できていなかったのだという。
「実は、検討段階ではTX1でやっていましたが、我々がゴールとしていたスペックの6割から7割が限界。どうすべきか悩み、他社製品も検討しましたが、なかなかよいものに出会えませんでした。そこへ、菱洋エレクトロ様から新製品が出るとの情報を入手したんです」(臣氏)
TX2にとって、そしてEIZOにとって幸運だったのが、TX2とTX1の高い互換性だ。EIZOではTX2を検討する際、TX1の検討段階で構築した開発環境をそのまま利用することができたという。そのことはエンジニアにとって大きな利点となった。
「新しく開発環境を構築するのは、かなりパワーが必要です。エンジニアにとって、開発環境がそのままで、デバイスだけTX1からTX2に代えることで運用できたのは、かなりのメリットでした」(臣氏)
製品開発においてどのようなデバイスを採用するかは、目標とするスペックを満たすことも重要だが、エンジニアにとって開発しやすいことも決して無視できない要素だ。特にIPソリューションは、高解像度の映像を複数同時に扱うケースを想定している。ハードウェアにとってシビアであるため、開発環境の構築にかかる労力が大きかったという。
さらに今回のケースでは、開発環境が流用できたことに加えて、ベンダー側のサポート体制も大きなファクターとなった。
「開発中は、我々と菱洋エレクトロ様とのあいだでExcelベースの質問表を運用しまして、今こういう問題が起きているがなぜか、という質問に対して菱洋エレクトロ様が回答するというやりとりをずっとしていました。クリティカルな問題もあったのですが、そのやりとりを通じて改善することができました」(岡野氏)
「EIZO様からはたくさんの問い合わせが来ましたが、質問リストでいただいてすぐに回答出来るものは対応したほか、定例の電話会議や訪問などいろいろな手段でコミュニケーションを取って追いました」(小森氏)
「NVIDIAと菱洋エレクトロとの間でも、1~2週に一度は台湾駐在(NVIDIA本社所属)のエンジニアとミーティングを行って、EIZOからの要望や質問を一緒に解決していきました」(須藤氏)
製品開発においては、高い目標を掲げた結果、それを実現できずに製品が発売できないということがしばしばある。しかし、IPソリューションの開発においては、さまざまな技術的課題をクリアして、目標を達成できた。EIZOの岡野氏も「菱洋エレクトロ様のバックアップなしでは我々も量産化にはたどり着けなかった」と強調した。
ソフトウェアが生み出すアドバンテージとは
こうした開発面における環境や支援の充実は、製品のリリース後にも大きなアドバンテージを生んでいる。IPソリューションでは、発売後も年に数回のペースでソフトウェアのアップデートのほか、セキュリティパッチへの対応や新機能の追加を行っている。こうしたソフトウェアの持続的かつ効率的な更新は、製品の信頼性向上につながりセキュリティに関わるソリューションにおいては高い競争力を生み出す。
「サイバーセキュリティの観点では、より最新の脆弱性対策が備わった製品が常に求められています。Jetson TX2ならば、NVIDIAのLinux Driver PackageがLinuxの標準的なディストリビューションであるUbuntuをサポートしていることもあって最新のセキュリティアップデートが非常にやりやすい」(臣氏)
こうしたソフトウェア面におけるセキュリティへの対応力もJetson TX2採用の大きな要因だった。そして、ソフトウェアの更新による機能追加は、製品の魅力をより増すことにもつながる。
「この製品はハードウェアがそのままでも、一度プラットフォームを作ればソフトウェアを変えることで新たなニーズに対応できるメリットがあります」(岡野氏)
「JetsonTX2の他社でのユースケースには、AIを使ったものが多いんです。当社でも将来的には画像の解析や、映像を見やすくする機能などAIを使った機能を入れていきたいと考えています」(臣氏)
こうしたソフトウェアによって製品の性能を向上していけることに対して、臣氏は「未来を描くうえでもTX2は希望が持てるプラットフォーム」だと大きな期待を寄せている。そして、その期待はIPソリューションだけでなく、EIZO全社にも広がっているという。
「EIZOではセキュリティ市場以外にも、ヘルスケアや航空管制、放送業界市場などにも古くから携わっています。セキュリティ市場で培った技術をそうしたマーケットにも展開していく。それがこれからの私たちのミッションだと思っています」(臣氏)
いま現在、AIなどの技術の進化によって、映像が新たな価値を生み、それが新たなニーズや市場を生み出しつつある。EIZOはディスプレイの大手メーカーとして、そしてVisual Technology Companyとして、これからもJetsonTX2を武器に新たな市場を切り拓いていく。
(左から)菱洋エレクトロ株式会社 ソリューション事業本部 ソリューション技術部 技術第5グループ グループリーダー 須藤 大輔
菱洋エレクトロ株式会社 ソリューション事業本部 ソリューション第5ビジネスユニット 営業第2グループ 小森 隆正
EIZO株式会社 映像商品開発部 エンベデッドシステム開発課 グループリーダー 岡野 毅氏
EIZO株式会社 映像技術開発部 エンベデッドテクノロジー開発課 グループリーダー 臣 淳暢氏