内視鏡画像をAIが処理するために必要な高性能なワークステーション
株式会社AIメディカルサービスは、臨床医として2万例を超える内視鏡検査に取り組んできた多田智裕氏(代表取締役CEO)が2017年9月に創業したスタートアップだ。開発責任者として製品開発全体をマネジメントする髙橋氏は「私たちの取り組みは、がん研究有明病院様を始めとした医療機関との共同研究にて、内視鏡診断画像のデータを収集した胃がん検出AIに関する論文を世界で初めて発表したところから始まっています」と話す。
gastroAI model-Gは、内視鏡検査における医師の負担を減らすため、早期胃がんの疑いのある小さな病変を見逃さないように、AIによって画像診断を支援するソフトウェアだ。入力された内視鏡の画像を分析し病変の可能性がある部位を見つけると、医師に追加検査の必要性などを注意喚起する。
100以上の共同研究機関のサポートの下、世界トップクラスの医療機関から提供された膨大な画像を一枚一枚精査して構築したデータベースをもとに、ディープラーニング技術を活用して開発した。しかし、臨床現場で使うにはさまざまな改善や医療機器としての認証手続きが必要であり、創業から約7年を経て販売開始にたどり着いた。
ソフトウェアであるgastroAI model-Gを動作させるには、汎用コンピューター(ワークステーション)とそれを表示するためのモニターが必要となる。製造担当の浅見氏は、gastroAI model-Gを動作させるワークステーションの選定について「弊社が製造・販売するのは、ハードウェアではなくプログラム医療機器としてのソフトウェアですが、お客さまにとってはハードウェアもソフトウェアも我々の製品です。ですので選定に際しては悩みました」と話す。
gastroAI model-Gで肝となるのは、AIによる画像認識だ。医師が利用する際も検査しながらリアルタイムで画像を認識し、必要に応じてアラートを出さなければならない。つまり、高画質な映像をリアルタイムで処理して病変と疑わしい部位を認識するには、高い性能を持ったワークステーションが必要となる。
またワークステーションの設置には、医療機関に直接出向いて据え付けと内視鏡との接続が必要となるほか、不具合が発生した場合には現地でのサポートも対応する。AIメディカルサービスは東京にオフィスを構えるが、gastroAI model-Gを必要とする医療機関は全国各地に広がっているため、現場での設置やサポートといったフィールドサービスの体制を構築する必要もある。
全国の医療機関への設置とサポート提供の体制構築というミッション
創業から間もないソフトウェア開発会社にとって、ハードウェアの選定と調達、また全国規模のフィールドサービス体制の構築は、人員やコストなど多くの点で障壁が高い。そこでAIメディカルサービスは、これらの課題に共に取り組むパートナーとして、以前から取引のあった菱洋エレクトロに協力を仰いだ。
プロジェクトの始まりについて、菱洋エレクトロの小野は「3~4年ほど前からAI開発用GPUや検証用コンピューターの調達などで相談を受けていて、定期的に打ち合わせをしていました」と話す。
具体的な相談を受けて菱洋エレクトロが提案したのが、日本HPのデスクトップワークステーション「Zシリーズ」だった。小野は、その理由を「やはりGPUのスペックと医療機関での採用実績が大きなポイントでした」と話す。
「AIによる画像認識がメインとなるので、処理に遅延が発生しないスペックの製品を選びました。また、数ある医療機関とのお取引の中でも、日本HPのワークステーションは血液分析装置などでの採用実績があります。またサポートに関しても、同じNVIDIAのGPUを搭載する他社と比較して、日本HPはNVIDIAから直接OEM供給を受けているので、ワークステーションと一体で日本HPがサポート対応できます」(小野)
継続的な調達についても日本HPのメリットが大きいと、菱洋エレクトロの柴崎は強調する。
「日本HPはグローバル規模で展開しており、製品寿命が長いだけでなく、製品ロードマップについても情報を事前に提供いただけます。そのため、長期的な視点で調達を検討できる安心感があります。また、グローバル規模での展開は調達規模が大きいため、コスト面でも優位です」(柴崎)
一般的にコンピューターは、技術革新が激しいため採用している部品の製品寿命が短く、同一の製品であっても調達時期によって部品が変わっていることは珍しくない。そして、小さな部品の変更によってソフトウェアの挙動が変わることもまれにある。医療分野というクリティカルな領域においては、そうした「小さな違い」であっても避ける必要がある。
「他社のワークステーションや小型ホワイトボックスなども検討しましたが、継続的な調達や部品レベルでの品質、サポートという観点で日本HPのワークステーションを提案しました。それに日本HPのワークステーションは、大型のタワー型だけでなく小型のデスクトップもラインナップしています。今後医療機関からのご要望は多様化すると思われますが、柔軟に対応できるはずです」(小野)
医療機関の細かなニーズに応えるために欠かせない存在
AIメディカルサービスが菱洋エレクトロへサポートを依頼したもう一つの理由が、フィールドサービス体制の構築だ。内視鏡検査を実施している医療機関は全国に約2万2千施設ほどあり、全国どこであっても対応していきたいと髙橋氏は話す。そのためには、全国規模でフィールドサービスを提供するパートナー企業が欠かせない。
「検証に協力してくださった医療機関様に対しては私自身が現場に行って設置することが多かったのですが、正式に販売開始した後は私一人では対応しきれません。そのため、菱洋エレクトロさんにパートナー企業を紹介してもらい、全国規模のフィールドサービス体制を構築していきます」(浅見氏)
一方で、どんな企業でも医療機関に対応できるわけではないと小野は強調する。
「医療の現場では、当たり前ですが患者様が第一優先です。機器の搬入や設置においても、少しのミスやスケジュールのズレが大きな問題につながる可能性があります。現場のお仕事の邪魔にならないように、豊富な経験をもとに想像力を働かせながら対応する必要があります」(小野)
これまでも菱洋エレクトロは、大学病院へのコンピューターシステムの納入やマイナ保険証(マイナンバーカードの健康保険証利用)のオンライン資格確認端末の導入などで、多くの医療機関と接してきた経験がある。特に後者については、厚生労働省の意向もあって約2万カ所の診療所や歯科医院などへ設置を成し遂げた。
「医療現場で働く方々は、患者様のケアが最優先でIT機器には不慣れですので、システムの導入に当たっては我々が責任をもって丁寧にケアをしていかないといけません。私どもはそうしたところに多くのナレッジを蓄積してきました」(小野)
また、菱洋エレクトロはエレクトロニクスやIT関連だけでなく、その周辺領域で必要となるさまざまな製品や資材の取り扱いがある。そのため、一般的な代理店では対応できないようなニーズにも応えられる。
「内視鏡検査室は飛沫やホコリが多くてコンピューターに厳しい環境です。協力機関で稼動していた試験機を見ると、かなりホコリなどが溜まっていました。そのまま使い続けると故障する可能性が高いので、ワークステーションに専用のカバーを付けられないかと相談しています」(浅見氏)
「浅見さんからの相談を受けて、金属加工ができる板金工場であれば、そうしたカバーを製作できるとお伝えしました。他にも医療機関から専用スタンドが欲しいなどといったご要望も受けていますが、私どもならワンストップで調達できます」(柴崎)
医療分野においてもデジタル化は急速に進んでおり、その中でもAIの利用は最先端だ。だが医療機関は、規模や立地、患者の数など多様な課題を抱えている。
AIメディカルサービスは菱洋エレクトロとのパートナーシップによって、ソフトウェアとしての完成度を高めるだけでなく、医療機関の課題に応えることで最新の医療AIを世界に広げていくだろう。