1日ごとに進歩するAI開発のスピードに乗り遅れるな
FastLabelは、2020年1月に創業したばかりのAI(人工知能)にフォーカスしたスタートアップだ。「AIインフラを創造し、日本を再び『世界レベル』へ」というパーパスを掲げて、日本企業がAIをビジネスに取り入れる上で必要な、AIインフラの開発に取り組んでいる。
AIの精度を上げるためには、膨大な量の高品質な教師データ*2が必要だ。アノテーション*3作業においては、マンパワーをかけて一つずつ教師データを作成していることが多くのリソースがかかる。FastLabelでは、アノテーションプロジェクトに専任のマネージャーをアサインし、要件定義から品質保証までを一気通貫で支援するアノテーション代行サービスや、ディープラーニングを活用することでアノテーションを効率化するツールを提供している。加えて、データの収集や作成、生成といったAI利用に向けた企業の包括的なデータマネジメント、すなわち「MLOps*4」の構築支援も行っている。
*2 AIが機械学習を行う際に利用するデータのこと
*3 英語で「注釈」や「注記」という意味を持つ言葉で、ITの分野では「データに対して、メタデータと呼ばれる情報タグを付与する作業」を指して使用される
*4 Machine Learning Operationsの略。機械学習のプロジェクトにおいて機械学習チーム、開発チーム、運用チームが連係してモデル開発から運用まで一連のライフサイクルを管理する基盤や体制のこと
同社で、プロダクト開発やクライアント向けの開発を行うMLOpsユニットでエンジニアリングマネージャーを務める風見氏は、AI開発とそのビジネスについて「AI領域の開発は、技術の進歩が激しいので、スピーディーにやらないといけません。だから、製品やサービスを小さく早く出すことを心がけています」と話す。
そして、AIに取り組む企業が増えるに従って、FastLabelにも多くの相談が持ち込まれるようになる。そうしたお客様と向かい合うのは、同社で事業開発やパートナーアライアンスを担当する塚本氏だ。
「AIは、まだ売り方やビジネスの進め方が固まっていないので、いろいろなパターンがあり、営業活動も柔軟に動く必要があります。だから、風見をはじめとする開発メンバーたちと一緒にお客様のところに伺ったり、お客様の機能要望を私たちが聞き取って開発側に渡したり、いろいろなやり方を模索しながら柔軟にやっています」(塚本氏)
さらに昨今の生成AIの流行を見ればわかるように、AIに関する技術は日々アップデートを続けている。だから、今日はできなかったことが次の日にはできるようになっている、といったことが毎日のように起きている。そうした領域でのビジネスを成功させるためには、風見氏が話すように開発スピードが大切だ。
「AI領域は進化が激しいため、開発がかなりハードです。利用するお客様も手探りですし、市場自体も答えを持っていないことが多いので、せっかく出した製品だとしてもすぐに止めてしまったことがあります。だからこそ、製品を短いサイクルでどんどんリリースして、どんどんアップデートしていかないといけません」(風見氏)
ベンチャーのスピード感に寄り添うGPUワークステーション
そうしたAIの開発スピードにおいて、大きな課題となっていたのが、AIにデータを学習させる際の“スピードの遅さ”だと風見氏は話す。
「これまでGPUクラウドサービスを使用して開発していたのですが、学習データのアップロードおよびダウンロードを含め教師データを学習させてモデルを作るのに丸一日かかっていました」(風見氏)
データを用意して、AIの学習をスタートさせてしまえば、後は学習を終えるまでエンジニアは待つしかできない。しかし、開発のスピードをアップさせるためには、学習が終わったらすぐにモデルの精度をチェックし、目標に達しない場合はデータを入れ替えたり、追加したり、AIシステムのパラメーター(条件)をチューニング*5したりして、最適なパラメーターを見つけるために、モデルを何度も訓練し直す必要があることが多い。
*5 機械学習モデルが学習するにあたり、最適解を出せる設定値や制限値を走査し、設定することの性能を最適化するために、モデルの設定やパラメーターを調整するプロセスのこと
時には、学習が終わるのが夜中になる見込みのため、風見氏は夜中に起きて確認することも多かったという。クラウドサービスは、コンピューティングリソースを必要に応じて柔軟に調節できるため、特にスタートアップにとってありがたい存在だ。だが、事業が成長しサービスが拡大するにつれ、クラウドサービスだけではFastLabelの要望に応えられなくなってきたのだ。
「なんとか騙し騙しやっていたんですが、さすがに限界を感じていました」(風見氏)
そこでFastLabelは、菱洋エレクトロを通じてNVIDIA RTX A5000を搭載したZ4 G4 Workstationを2台導入した。これによって、エンジニアがパワフルなマシンをいつでも手元で利用できるようになり、AIの開発スピードは劇的にアップしたという。
「NVIDIA RTX A5000を搭載しているだけでなく、ストレージも大容量のものを搭載しているのでデータ転送での待ち時間も減り、トータルで50パーセントくらい時間短縮になりました」(風見氏)
これまでは学習の検証サイクルを1回しか試せなかったところが、同じ期間で2回試せるようになった。つまり、ひとつのプロジェクトに掛かる期間が同じなら、2倍のサイクルで学習を検証できるので、それだけモデルの精度を向上させることができるというわけだ。
「導入した時期は、ちょうどあるお客様のプロジェクトが大詰めで、最後のパラメーターチューニングを追い込むことができました。それによってお客様が求める以上の精度を実現できて、とても満足していただけました」(風見氏)
パラメーターのチューニングで向上できる精度は、決して大きいものではなく、場合によってはゼロコンマ数パーセント程度のこともある。しかし、毎日の業務で使われるAIの場合、そのわずかな差がエラーの数を減らし、利用するユーザーの心象が大きく変わってくる。「まさに大切なところなので、そういう追い込みができる余裕ができたのは、ありがたいですね」と風見氏は明るく話してくれた。
AIを開発するベンチャーとGPUを販売する商社の幸せな出会い
FastLabelが、NVIDIA RTX A5000搭載のZ4 G4 Workstationを導入するのをサポートしたのが、菱洋エレクトロである。だが、両社は単なるハードウェアのユーザー企業と販売代理店という関係だったわけではない。日本企業のDXをハードウェアとソフトウェアの両面から支援するパートナーとして手を組んでいるのだ。
そもそも、FastLabelと菱洋エレクトロの出会いを振り返ると、1年ほど前にさかのぼることになる。このきっかけはNVIDIAだった。
NVIDIAでは、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援するために「DXアクセラレーションプログラム」を実施しており、DX導入企業とそれをサポートするサービスやテクノロジーを持ったパートナーとのマッチングを行っている。菱洋エレクトロは、日本HPのようなハードウェアメーカーだけでなく、NVIDIAの一次代理店も務めており、多くの企業からAIに関わるハードウェアの相談が持ち込まれる。今回、機種の選定から見積もり、そして納入までを担当した菱洋エレクトロの四方田はこう話す。
「NVIDIAが実施するDXアクセラレーションプログラムにFastLabel様が参加されていて、それが最初にコミュニケーションをとったきっかけです」
ハードウェアの商談から、具体的なAIシステムに関わるソフトウェア面の相談につながることも多い。AI関連では特にアノテーションについて、相談を受けることが多いという。
「最初は、我々のところにアノテーションに課題を持っているお客様がいらしたので、その解決にお力添えをいただけないかとご相談したのがきっかけでした。それから、FastLabel様が開発するアノテーションのためのアプリケーションと我々が販売するハードウェアの親和性がかなり高いことがわかったので、じゃあ販売提携しましょうとなりました」(四方田)
こうした流れで、FastLabelと菱洋エレクトロは日本企業のDXをハードウェアとソフトウェアの両面から支援するパートナーとして手を組み、アノテーションツール「FastLabel – Desktop App」と日本HPのワークステーションを合わせて販売していくことになった。
現在では定期的なミーティングを行い、お互いに情報交換を密に行っている。実はZ4 G4 Workstationの導入も、そうした情報交換の中で「開発チームがGPUパワーが足りなくて困っている」という相談から始まったことだった。そこで要件を聞き取った四方田は、素早く各ベンダーに納期や価格を確認すると、1週間後にはFastLabelに複数の提案をしたという。
「今回は、候補となるベンダーが数社あった中で、納期や保守の条件があった日本HPを中心にご提案しました。やはりハードウェアは保守も大切ですから」(四方田)
その時のことを風見氏と塚本氏は次のように振り返る。
「相談したら1週間後には、他のAIスタートアップの導入事例と合わせて複数の提案を持ってきていただいた。AIのスタートアップ企業にとっては、なによりスピードが大切です。納期も希望通りにしていただいた」(風見氏)
「菱洋エレクトロさんがワークステーションも扱っていらっしゃることはもちろん知っていましたし、だからこそパートナーとして組んだのですが、実際にハードウェア導入の相談をしたら、驚くほど動きが素早かった」(塚本氏)
GPUの在庫を切らさないことが菱洋エレクトロの使命
昨今の半導体の需給逼迫を受け、GPUに限らずありとあらゆる半導体部品が深刻な品不足に陥っており、発注から納品まで数カ月かかるのも例外ではない。そうした状況において1週間で見積もりをし、希望通りの納期を実現したことにFastLabelの面々は素直に驚いた。
それに対して四方田は「市場の半導体在庫が枯渇する中で、我々は『在庫を切らさない』をテーマにしてきました」と、そこにこそ菱洋エレクトロの強みがあると話す。
「私たちはNVIDIAに対して単純に予測を伝えるだけでなく、予測に基づいてかなり先の分まで発注します。そして、作っていただいたものは全て引き受けて在庫として管理しています」(四方田)
市況により需要や価格が変動する半導体製品の在庫を多く持つことは、企業にとってリスクにもなり得る。しかし、菱洋エレクトロではお客様の納期への要望に応えるため、あえてリスクを取っている。こうした姿勢があるからこそ、ハードウェアベンダー側も菱洋エレクトロに対して最大限に協力してくれ、今回のような提案が可能になるのだという。
だからこそ、菱洋エレクトロは多くの企業と、単なるパートナーでもない、お客様でもない、いわば互恵的な関係を築くことができている。そして、それはFastLabelにおいても同様だ。パートナーとしてFastLabelのアノテーションツールを販売し、同時に商社としてワークステーションの導入を支援する。
「先日もアノテーションの課題を持ったお客様がいらしたので、すぐに塚本さんに連絡をしました。来週お客様のところに一緒にミーティングに伺うことになっています」(四方田)
「いまオフィス移転を進めているんですが、それに当たって什器や機材についてもいろいろ相談をお願いしています。困ったらまず四方田さんに相談する関係です」(塚本氏)
こうした相互の関係性が強化されるほど、お互いにビジネスの話がスムーズに行き、さらに関係が深まっていくことになる。FastLabelではこの5月に、AIにおけるデータマネージメントを実現する、新たなMLOpsソリューションをリリースした。
「AI開発におけるデータ収集、アノテーション、教師データの学習、モデルの評価、そして推論という、AI利用に必要なデータのサイクルを全て実現するソリューションを提供することで、より多くの企業に対してAIの価値を提供できるようになります。当然、営業の仕方もこれまでとは変わって来るので、菱洋エレクトロさんとは一緒に戦略を考えていく必要があります」(塚本氏)
「これまでGPUはAIの学習での利用がメインでしたが、今後は推論の部分でもGPUの利用が増えていくと言われています。そうなると、FastLabel様のMLOpsソリューションとともにGPUの需要も増えていくので、そこで我々はいっそう力になれるはず」(四方田)
日本企業のDXを推進するため、タッグを組んだFastLabelと菱洋エレクトロ。AIのデータサイクルの最適化と、それを高速で運用できるNVIDIAのGPUの組み合わせは、確実に日本企業において世界レベルのDXをもたらすだろう。